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みんな忘れてないよなぁ。

もう11年も経ってしまった。
ニュースやインターネットのサイトでも、
もはや大きくは取り上げられていない。エエんかな、それで。
年々意識が薄れていく気がする。自分も含めて。
今耐震強度偽装問題で揺れているが、震災の被害に遭われた方の
ほとんどが建物崩壊による圧死だと言われている。
現在家を建てている身としては、どうしたって関連づけたくなる。
震災と偽装問題。柱、梁、筋交い。図面と何度もニラメッコ。
現地に出向くのも、週に何日もって事もあった。
ただ単純に、少しずつ出来上がっていく家を眺めるのが楽しみ
ってこともあるけど、やっぱり構造をしっかり見ておきたいって
意識も、実は結構あったりする。

11年前、大学3回生の終盤。大阪の内陸部に住んでいた。
その辺りの震度は4程度だったと思う。
ただ、ニュースで見た神戸の街はホント衝撃だった。
よく遊びに行っていた遊園地は壊滅し、復活することなく閉園。
よく買い物に行っていた三宮周辺は、面影もないほどだった。
卒業して就職したのが都市計画コンサルタント会社。
震災復興に直接携わる仕事もあり、復興されていく様子も見れた。
いろいろあって辞める事になったけど、最後に担当していた仕事は
芦屋駅周辺の区画整理事業。震災復興の仕事だった。
就職直後は直接神戸市内に行けず、
わざわざ六甲山の裏を廻って遠回りしていた。
辞める頃にはほぼ復興され、以前の活気を取り戻していた。
それでも今に比べると震災についての意識はまだ濃かった気がする。
転職し、四国に居を構えた今、
より意識が薄まっていくのかも知れない。
ただ、やはりこの時期、この日になると思い出さざるを得ない。
天災は避けられない。だからこそ、
心のどこかに「備える」気持ちを用意しておきたいと思う。

今日の麺類、348にて中華そば肉玉子入り、御飯。
2006-01-17 : ヒトリゴト : コメント : 3 : トラックバック : 0
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当時滋賀で同じく大学生でした。
西宮の親族はみな無事(建物ひび程度)でしたが、関学に通っていた高校の同級生が一人、下敷きになって命を失いました。
夙川沿いで、一階が駐車場になっているタイプのマンションが一階と二階の間でぽっきり「折れて」隣のマンションにもたれかかっていたのがあまりに衝撃的で、以後そのタイプの部屋には住んだことがありません。
自分が建てるときもしっかり考えたいですね。
嫁も神戸で被災したということもあり、非常持ち出し袋は玄関のそばに常備です。
2006-01-18 10:10 : 当直医 URL : 編集
僕もまだ電車が走ってないときにバスで神戸に行ってきました。
あの光景は忘れちゃいけないと思ってます。
次いつどこであるかわからないから備えはしておかないと!ですね。
2006-01-18 15:22 : jiku URL : 編集
当直医さん>
知り合いや身内にはヒドイ被害に遭った人はいなかったんですが、大学の後輩なんかは震災の影響で学校を辞めざるを得なくなったりと、どちらかというと震災後に悪い影響を受けた者もいました。
ウチもとりあえず、ラジオと懐中電灯は用意してます。
もうちょっと備えた方がエエかなぁ・・・
jikuさん>
震災後も1年くらい鉄道は復旧しなかったし、
高速も2年は通れませんでしたよね。
ホント、いざというときに冷静に行動できるよう、
心の備えをしとかないと。
2006-01-18 23:34 : いなみ URL : 編集
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プロフィール

いなみ

  • Author:いなみ
  • 和歌山出身、高松在住。
    30代も後半。体力の衰えはそんなにないが残尿感はある。
    嫁アリ。家庭内の主導権争いに敗れる。
    コチラにも詳しく書いてます。

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